四季 春

森博嗣さんの小説です。”すべてがFになる”が面白かったので、読んでみました。せっかくなので解説してみます。
まず、表題が”四季”となっています。文学に詳しい人なら、ある作品がピンと来るはずです。私はあんまり文学に精通してませんが、それでもピンと来ました(笑)。つまりね、四季っていうのは登場人物である大天才”真賀田四季”の四季を掛けているだけでなく、スティーブン・キングの『恐怖の四季』を掛けているんですよ! これはおそらく間違いないと思っています。恐怖の四季、そしてスティーブン・キングと聞くと、ホラーのイメージがありますが、恐怖の四季はホラー小説ではありません。スティーブン・キングが真面目にごく普通に書いた小説が恐怖の四季です。四季ですからもちろん春夏秋冬に分かれています。恐怖の四季のうち、最も有名なものが『スタンド・バイ・ミー』でしょう。スタンド・バイ・ミーなら聞いたことが多いはず。
つまり、何が言いたいのかというと、森博嗣さんの”四季”はおそらくミステリーではないだろう、と、読む前からココまで想像できます。そして、恐怖の四季になぞるように、一番のメインのお話は”秋冬”、つまりスタンド・バイ・ミーの位置する季節に置かれているだろう、と。
そうは言っても、順番に読んでいかないと秋・冬だけ読んでもチンプンカンプンですので春から読みました。
読んだ感想ですが、雨更紗と同じような構成のお話です。しかも、文学的には圧倒的に雨更紗の方が上だと言えます。キザな文章は相変わらずです。でも、私は不思議とあのキザったらしい言い回しが嫌いではありません。あまりにも直接的な抽象表現が多すぎるのと、作中の舞台背景が現代の社会に毒されすぎています。純文とはとても呼べないし、ミステリとも呼べません。”すべてがFになる”のファンのための小説でしょうか。より露骨に言ってしまうと、まったく自己完結性のない内容ですので森博嗣さんのファンでもないと本当に詰まらない小説です。
それでも、”四季 春”からは何も得るものが無かったかというと、そうでもありません。なかなかためになる部分もありました。とにかく夏も読んでみないとなんとも言えませんね(笑)。
この作品についてではありませんが、最近の小説はメタファーがチープすぎてあまり楽しくありません。頭を使わなくても読めるので楽といえば楽ですが、得られるものは教養ではなく、ただ然とした共感だけです。漫画が文学に比べてあまりにも売れるものだから、分かりやすい解答が受けるのは分かりますが・・・別に漫画を悪く言うつもりはなく、漫画と小説は、ラジオとテレビのような関係でしょうか。