水没ピアノ

佐藤友哉さんの作品です。一応講談社ノベルスから出版されていますが、完全にライトノベルです。内容は、2000年頃から良く見かけるストーリー。どことなく使い古されたネタ。それでも、ダントツに面白い小説です。
彼の作風は”フリッカー式”で、ある種のスタンスを確立してしまったわけですが、本作ではそれを逆に利用した巧いストーリー展開です。最近の学生の葛藤と苦悩がぎゅっと凝縮されています。学校に順応できない学生の苦悩、明るい将来が見えないフリーター、自分の信じる正義に夢中で自意識過剰な小学生、崩壊してしまった家庭・・・ 全ての年代の方に当てはまるかは分かりませんが、私達は先に希望が見える限り、それにすがるように歯を食いしばって一歩一歩進んでいるわけです。そんな行動が出来るのも、考えられる最悪のパターンを想定してセーフティネットを張っているから。それが出来ない人を無謀、蛮勇、気違いと言ってしまいます。この小説では、考えられうる最悪のケースよりも、もっともっと最悪の状況に陥ってしまいます。読んでいて痛いストーリーです。他人に勧める事はしませんが、佐藤友哉の小説の中で一番面白かったですね(笑)。
佐藤友哉の心の中には、ある種のコンプレックスから生まれる破壊衝動を感じます。毎回きれいなものを狂おしく徹底的に破壊していく場面があって、この辺はとても共感できるかも。女性の顔を徹底的に殴りつけたり、哀れなフリーターの生活でさえ跡形もなく破壊していく・・・ そのスタンスはとてもよく判る。うまい言葉が見つからないけれど、彼がそんな風に親の敵のようになって、徹底的な破壊の対象とするものは、私達の”カッコイイと信じるもの”に対する価値観なんだろうなぁ。いつもの決まりきった毎日を、溢れる感情を抑えてクールにやり過ごす毎日…その生活は何処と無く予定調和で、言いたいことをはっきりと言うこともなく、それでいて自分の望むとおりの結果とは微妙に違う結果で、何となく納得して、、、の繰り返しの日々。でも、そんな円循環の日々を繰り返していくと、ふと気づく。もう修正不能なまでにずれた日々を送っているって。彼が恨んでいるのは、この円環から一度も逸脱したことの無い人達が作り出すファシズムであり、それを盲信している羊達なのでしょう。
まぁ、あんまりうまく説明できないけど、佐藤友哉の目指す目的は、この”水没ピアノ”から確かに伝わっていると思うし、その意思は若者に浸透していると感じます。私は彼の衝動と狂気が大好きです(笑)。