君とピアノと

プルースト効果というものがあります。それは、過去の懐かしい思い出が、当時と同じ匂いを嗅ぐ事でフラッシュバックする現象のことをいいます。プルーストという作家が「失われし時を求めて」という作品の中で書いたものです。失われし時を求めては、初期の近代文学作品として非常に有名です。クッキーの香りと共にリフレインされる幼き記憶・・・
それとは直接関係ないのですが(笑)、いつもピアノの音を聞くと思い出すことがあります。それが、未だに私を縛り付ける― 足枷のように。。。十年経っても、かき消されること無く。それは音のプルースト効果のようですが、異なっている点は、それが嗅覚であるか、聴覚であるかの違いです。
人には5感があります。記憶のリフレイン効果として初めて世界をあっと驚かせたのはプルースト効果ですが、それは人間の感覚器官の中で一番"先頭"にあるからだと思うのです。一番先立って知覚される感覚が"匂い"。危険の信号であったり、それが食べ物の匂いであったり・・・だから、おそらくプルースト効果が一番に発見されたのが嗅覚であるのだろうというわけです。
失われた時を求める感情は、きっと誰にでもあると思います。どうして"其処"で時が失われてしまうのでしょうね(苦笑)。それだけでなく、逆に自分から時を捨てようとさえすることもあります。感情と生命の躍動感は忘却可能性によって維持されている面があります。決して手に入らないものを再び手にしようとする、その衝動。それは、初めて見たものが、最高のものだから―
そのフラッシュバックをおこすトリガーに触れてしまったとき、どうしようも無く感情が湧き出てきて、わっと泣き崩れてしまうような瞬間。感動然とした感動を体感するような瞬間。ピアノの音色がいつもそのトリガーになっていて、いつまでも私を縛り付けるけれど、そのカオスに溺れてしまいたい衝動があるために、今でもこうやって刹那的な悲観意識に心地よく傾倒してしまう。そんな優しさに包まれたなら―
それが欲しくて欲しくて、そして悔しくて仕方ないのです。